もう一つの世界・五夜
あれは確か、クリスマス間近の日曜日の夕方だった
七日町のメインストリートはクリスマスの飾り付けがされ、各店からはクリスマスソングが流れていた
道行く人が、みんなハッピーに見える
そんな夕暮れ
私は躍る心を抑えつつ、待ち合わせ場所の映画館(シネマ旭)へと向かった
今日の格好は、ネクタイにジャケット、それにダッフルコートを着込んで挑んだ
時計を見ると待ち合わせの時間の10分前だった
ひさちゃんはまだ来てない
「よし。間に合った!」
ホッとした瞬間
「よーっガジラ!」
誰かが私を呼んだ
丸坊主頭のカシワイだった
(あえて敬称略で呼ばせてもらいます)
カ:「何、お前もルパン観に来たの?」
(こっちのセリフだっちゅ〜の)
ガ:「んだよ」
カ:「なに〜、随分ツかして(気取って)いるんね」
ガ:「映画観る時は、いつもこの格好なんだ!」
(勿論ウソである)
カ:「ふーん」
そんな会話をしているところに、ひさちゃんがやって来た
ひ:「こんばんは……あら?カシワイ君」
実はカシワイもペーパームーンの常連仲間の一人
ひさちゃんの、うれしそうな、悲しそうな、そんな複雑な一瞬の表情を私は見逃さなかった
ガ:「じゃ、入りましょうか」
カ:「んだな」
(お前に言っていねズ)
ひ:「今日は随分カッコイイね」
ガ:「今日は特別ですから」
カ:「映画観る時は、いつもこの格好なんだど」
(うるさいよカシワイ!)
ひ:「(笑)そうなの」
場内は、まばらな客で、席も沢山空いているにも関わらず、私、ひさちゃん、何故かその隣にカシワイという席の並びになった
(さあ皆さんご一緒に!カ・シ・ワ・イ〜)
1978年
ルパン三世劇場版第一作目
のちに【ルパンVS複製人間】
おもいっきりアダルト対象に作られた作品で、難しい過ぎて内容が分からない、それどころか、過激なお色気シーンには目のやり場に困った
もしこれが【カリオストロの城】だったら、もっと違がったロマンスの展開になっていたかも知れないと、未だに思うのである
映画が終わると
カシワイが
「これからメシでも食べていがねが?」
と言い出した
すると、ひさちゃんが
ひ:「私、これから用事があるんだ」
と言った
ガ:「えっ・あ、実は僕も用事があったんだ…」
ひ:「えっ!そ、そうなの…それじゃ…また…ね」
と言いながら彼女は小雪の舞い散る夜の街に消えて行った
カ:「用事って何?」
ガ:「………」
カ:「なぁ、メシ食っていがねが」
…………
その後、ペーパームーンは突然、経営者が変わり、ひさちゃんも辞めてしまいました
あれから30年
今はAZ(アズ)七日町というビルが建ち、全くあの頃の面影はなくなっています
でもママにもらった、ひさちゃんの写真が一枚…
今も昔のままの笑顔で引き出しの中に……
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