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Posted by んだ!ブログ運営事務局 at

2007年12月28日

Yellow Submarine

派手な黄色に、ユニークなデザインに惹かれて購入

しかし買った当時は、これが何の潜水艦なのか分からないでいました

それから数十年後

あの有名なビートルズ関連のグッズという事を知りました




  

Posted by ⇒ガGラ at 00:01Comments(7)

2007年11月11日

思ひ出のコンサートSTAGE7

松任谷由実コンサート


ユーミンのコンサートは、本人を好きとか嫌いとは別にしても、機会があったら一生に一度は見ておく価値大ありって感じがします


場所は仙台市体育館

正直、体育館でのコンサートなんて、ユーミンもダサいなぁ
などと思いながら行ったコンサートでした

しかし…体育館の中央に作られた舞台やステージの大掛りだこと

ちょっと私の絵の力量では、とてもじゃありませんが表現できません

文章で表すなら
コンサートというより【サーカス】もしくは【ひっくり反したオモチャ箱】

これでもかというほど楽しませてくれるステージは、未だかつて味わった事のない感動でした

……………

昔はコンサートというと静かに座って聴くものと思ってましたが、最近は、いくらいい席を取っても、直ぐみんな立ち上がっちゃうからなぁ…

あっそうか!
じっくり聴きたい人の為にディナーショーというのが最近増えているのか!

でも…ん万円はキツイよなぁ汗

  

Posted by ⇒ガGラ at 11:11Comments(13)

2007年11月10日

思ひ出のコンサートSTAGE6

小田和正コンサート


オフコース時代の「さよなら」からのファンでした


友人の小田さん大ファンで、わざわざ神奈川にある実家の薬屋さんまで見に行ったというアベちゃん夫婦に誘って頂き、行く事になりました


時は今から十年前、珍しく?初めて?山形でのコンサートでした

その時、買ったパンフレットには

【K.ODA TOUR 1997-1998☆THRU THE WINDOW】
と書かれていました

開演前
ステージは暗く、機材の淡いブルーのランブが、小田さんの登場を待っていた


開演

バックのミュージシャンと共に小田さん登場!

シンセサイザーの所にセッティングが完了すると、静かに【緑の街】が会場に流れた

相変わらずの澄んだ歌声に感動!

トークは、ほとんど無く、淡々と唄が続き、前半が終了

後半が始まると

ステージの後ろにあったスクリーンに、小田さんが、ビデオカメラと共に、彼自身が山形を紹介して歩くVTRが流れた

アベちゃんに聞いたところ、小田さんのコンサートでは名物になっているらしい

その頃「小田は性格が悪い」とか「怖い」などという噂が巷で流れていたのですが

突然、山形駅のロッテリアに入ってハンバーガーを買ったり、霞城公園を探索しながらチャメっけたっぷりの解説に、会場は爆笑の渦だった

後半はシンセからエレキギターに持ち変え「ラブ・ストーリーは突然に」の様なノリの良い曲の連続だった

丁度アルバム
「伝えたいことがあるんだ」
が発売になっていた頃でした

会場は総立ち

そしてアンコールは、客の興奮をクールダウンさせる為なのだろうか
静かなバラード調の曲が2曲(確か1曲[遠い浜辺]だったと思います)が続きコンサートは終了

その後
仙台でフィルムコンサートがあるから行こうと、アベちゃんに誘われたが、やはり生の味(笑)を知っちゃったらフィルムは…
という事でお断りしました



最近のコンサートでは2000年に発表したアルバム[個人主義]に収録されている、同世代(今年60歳)の団魂の世代に向けた応援歌的曲の[the flag]は必ず歌っているらしい

私は団魂の世代ではないですが、勇気と元気を思い出させてくれる曲なので、事あるごとに聴く、とても大好きな曲の一つです







  

Posted by ⇒ガGラ at 00:00Comments(14)

2007年11月09日

思ひ出のコンサートSTAGE5

倉田まり子コンサート編


学生の頃、埼玉の某市にいた時

歩いて3分の近所の電気屋さんに、当時アイドル歌手だった倉田まり子が来るという情報を仕入れた

入場無料という事だったので早速行ってみた

ステージは電気屋の駐車場

車十台止められるかどうかという、お世辞にも広いとは言えないスペースに数人の客が集まっていた

確に、ここでコンサートが開かれるみたいだ

しばらくすると、電気屋の従業員らしき人が、派手なハッピを着て現れた

「今日は○○電気一周年記念、倉田まり子コンサートへようこそ〜」 と司会を始めた

「さて、皆さんお待ちかね、倉田まり子さんで〜す!拍手〜」

本物だった…

関東という所は、こんなにも簡単に芸能人が見れるところなんだ…それもタダで…
本気でそう思った

これからの4年間、どれだけの芸能人が見れるだろう?とワクワクもした

しかし、それ以来その電気屋には芸能人は一人も来ず、ましてタダで芸能人を見るなんて事は、それ以来一度もなかった…


んだよねぇ
  

Posted by ⇒ガGラ at 06:00Comments(13)

2007年11月08日

思ひ出のコンサートSTAGE4

伊勢正三コンサート編


あのフォークグループの[かぐや姫]のメンバーで、その後フォークデュオ[風]を結成
[22才の別れ]や[なごり雪]は彼の作品

青春時代、いつも彼の唄が、私の後ろで流れていました…

時は西暦1987年

新婚ホヤホヤの、あのユウキから電話がかかってきた

「今度、正やん(伊勢正三)が来るんだけど行ぐべぇ(行くだろ)?」
と言う電話だった

一瞬耳を疑ってしまう程、私にとっては衝撃的だった

だって、彼は私にとって神様のような存在だったから

「行きたい!いや、どうか行かせて下さい」

「それじゃ一番前の席を取っておくから」

「な、な、な、なに〜!」

という事で、6月3日、小雨のぱらつく中、いつもの県民会館へと向かった

そのコンサートにはユウキは来ず、代わりにユウキの新妻ミキちゃんが来た


ミ:「あら〜真ん中じゃなかったね」

一列目の中央若干右側だった

ガ:「いや、充分です。真ん中だとマイクで顔隠れますから…たぶん」

そんな、なんだかぎこちない会話をしているうちに、正やんがギター一本でステージに登場

バックミュージシャンは一人もいない

完全なるソロコンサートだった

「こんばんは…伊勢正三です」
と挨拶をすると、私に向かって

正:「雨は…まだ…降っていますか?」と聞いてきた

ガ:「………あ…」
予期せぬ問いかけに、ただ呆然とする私…

正:「まだ…降ってる…?それとも、止んだ…かな?」

ガ:「すわっ…すわし…ふわっ、ふわっ、ふわってると…おあわわ」

正:「うふっ。シャイな…同士の会話…」

ガ:「あわっ汗」

………
「か、か、神様と喋ってしまった…」

思わず隣の席のユウキの奥さんにそう言うと、ニコッと微笑んでくれた
(いい奥さんだ)

正直、アコースティックギター一本でのライブは地味でしたが、ステージと客席が一体化した実にいいライブでした

それから彼は、しばらく表にでる事がなかったのですが、ここ最近、コンサート活動も再開

そしてまた、大林宣彦監督の大分三部作の第二弾
映画[22才の別れ]も只今上映中

あらすじを読んだら、なかなか良さそうな感じの映画でした
  

Posted by ⇒ガGラ at 06:00Comments(5)

2007年11月07日

思ひ出のコンサートSTAGE3

松田聖子コンサート編


前日飲みすぎて、昼近くまで寝ていたら、あの[おもちゃの缶詰]の巻で登場したヨシヒコ君から電話が来た

ヨ:「今からコンサートさいがねが?」

ガ:「私の今日のスケジュールにはコンサートに行く予定は入ってねなぁ」

ヨ:「そう言わねで、いぐべぇ〜」

ガ:「予定には入っていねげんと、誰のコンサートや?」

ヨ:「松田聖子!チケット2枚貰ったんだズ〜」

ガ:「二日酔いで聖子ちゃんさ会わんねズ〜」

ヨ:「大丈夫だぁ〜いぐべぇ」

そこまで言うなら…
ガ:「わがった、いぐ」

ヨ:「おー!んだら俺ん家まで迎え来て」

ガ:「俺の車で行ぐのがよ」

ヨ:「んだって俺車持ってねも」

ガ:「……んだっけ」

という事で行ったコンサートでした

あの頃は旧県庁の裏に、いくらでも路駐出来たんですけどね

座席は真ん中の少し上の方
さすがに大音響は二日酔いの頭に響く

ポップな曲は目が回る

そして

後半はしっとりと子守唄…いやいやバラード調の曲で始まった

聖子ちゃん嫌いじゃないです
と言うより好きですよ

同学年でもありますし、写真集も買いました
シングルもアルバムも持ってます
聖子ちゃんカットはしてませんでしたが

…しかし…

[SWEET MEMORIES]はいけません

私は、そのまま最後まで、スイーと眠りーズでした

(あっ風邪ひいてる方スイマセンw)

いや〜コンサート中に寝てしまったのは、これが最初で最後です

さすが聖子ちゃん!
忘れられない貴重体験を、どうもありがとう!

フォローになってっかな…

  

Posted by ⇒ガGラ at 00:00Comments(7)

2007年11月06日

思ひ出のコンサートSTAGE2

さだまさしコンサート編


何故か高校生になった途端、さだまさしに似ていると言われるようになりました

やはり「似ている」などと言われると気になるもので、早速彼の2枚目のシングル「雨やどり」を聴き、グレープ時代の「精霊流し」とは全く違うコミカルな歌に興味を惹かれた

で、これまたコンサート会場は県民会館
(今週の話題のほとんどの会場は県民会館です)

圧倒的に女性客の多いコンサートで、ちょっと躊躇したのを憶えています

で、このコンサートで初めて曲と曲の間のトークの楽しさというのを知りました
(というより、彼の場合、歌よりも話の方が長かったですが)
やはり、これもライヴならではですよね

当時、日本初の12インチ(LPサイズ)のシングル[親父の一番長い日]12分30秒もの長い歌を歌詞も見ずに歌う彼に感動しました
(自分が作った歌なんだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど)

歌詞の内容からして、実妹の結婚を歌った歌なので、てっきり、妹さんは結婚しているものと思っていましたが、あれから30年たった今でも独身というのを知り、思わずコケてしまいました


そのコンサートの後辺りから、見ず知らずの女性から
(相手は私の事を知ってるのでしょうがW)

「今、つき合っている人いますか?」
という様な電話が何件か来て、一応見栄で「はい」と応えていたのですが、これって.....

今では私の事を
「さだまさしに似てるね」
という人は皆無です

あしからず(笑)

  

Posted by ⇒ガGラ at 00:00Comments(10)

2007年11月05日

思ひ出のコンサートSTAGE1

中島みゆきコンサート編

多分、これが私にとっての初コンサート・初ライブ体験でした

場所は県民会館

ラッキーにも一列目の真ん中の席でした

丁度、彼女の4枚目のアルバム[愛していると言ってくれ]が発売になり、あの[わかれうた]がヒットしてる最中でした

オープニングは

暗闇の中
彼女の「元気ですかと電話をかけました…」という朗読から始まり、そのまま一曲目の[怜子]に突入
一気にステージがまばゆい光りに照らされた瞬間、私は完全にやられてしまいました

「こ、これがライヴというものか」と

二部というか後半は、真っ赤な着物の肌着姿で登場

椅子に腰かけて、両脚太もも辺りを紐で結び、アコースティクギターを抱えて歌う姿に、これまたイカされてしまいました

当時のチケット料金は2000円

彼女のアルバムも今年で35枚目

中学3年の時、4ヶ月間山形に住んでいたというのは、あまりにも有名な話ですね

一番多くコンサートに行ってるアーティストです

  

Posted by ⇒ガGラ at 10:30Comments(8)

2007年06月10日

子門真人(1976)

1976年
突然その出来事は起こった

【およげ!たいやきくん】なる歌があちらこちらで流れ始めたのである

出処はひらけポンキッキという幼児番組?が発端らしかったが、当時、通ってた中学でも、お昼の放送で流れる程だった

なんと言っても戦後最大のメガヒットと言われる歌である、当然、この歌の歌手もメディアに露出する事になる

子門真人と言えば、特撮やアニメの主題歌を唄っていた歌手で、私にとっては番組のヒーローに匹敵するくらいの人物であった

始めてテレビのブラウン管(今のモニターです)に映ったその人物は……

「見なければ良かった…」
しばらくして
「何かの間違い…いや、声は紛れもなく子門真人だった…」

どうしてもテレビに映った彼を受け入れる事が出来なかった

そんな私の思いとは裏腹に、彼はテレビに出続けた
それこそ「まいにち、まいにち〜」
悪い人では、なさそうだが、なんとかならないかその風貌と、いつもテレビを観ては思っていた

結構この時期、見なきゃ良かった〜っていう出来事が沢山あった

特に、テレビに出ないフォーク系の人達が、【初テレビ出演!】っていうのが多くあった頃なのだ

小椋佳なんか、おもいっきりコケたもんなぁ
(いや今でも好きですよ←フォローです(笑))
今思うと、自分勝手なイメージと現実には、すごいギャップがあるんだぞ!っていうのを徹底的に教え込まれた期間だったような気がする

しかし、子門さんも運がいいと言うか悪いと言うか

仮面ライダーの主題歌は、元々主役の藤岡弘さんが唄っていたのですが、ケガの為、主役交代の際、アルバイトで一曲25000円で仮歌を吹き込んでいた子門さんの歌が急遽レコード化され、なんと90万枚を超える大ヒットになったらしい

およげ!たいやきくんも、一曲50000円のバイトで唄った歌というのだから…

風貌は、ああでもホント【いい人】だったのだろう


現在消息不明
  


Posted by ⇒ガGラ at 12:00Comments(2)

2007年05月31日

山口百恵(1973)

最初、花の中3トリオの中では、桜田淳子ファンでした

ところが中学の時、正月の初夢で百恵ちゃんの夢を見て、夢から覚めた途端「百恵〜っ」って感じで心変わりをしてしまい、急いで家中の雑誌をあさったのですが、桜田淳子しかなく(苦笑)

今から30年前の正月参賀日といえば、町中の商店はお休みで、まして本屋なんて開いてる訳もなく、なんとか4日まで堪えて(笑)、やっと本屋なのに鍋屋という本屋へ行き、百恵ちゃんが赤い着物姿で写っている表紙の【近代映画】という雑誌を入手!

それからというもの部屋のポスターは勿論、下敷き(当時、アイドルスターがプリントされた、やっこい下敷きが売っていた)まで百恵ちゃん一色に様変わった

また、友達のオジサンが東京のテレビ局のディレクターだと知ると、無理矢理サインを頼み込んで貰ったりもした
(あのサインどこへいったんだろ?)

しかし今思うと、百恵ちゃんって大人っぽかったよなぁ
14歳でデビューして21歳で結婚引退だものね

まあ引退の頃には半分ピンクレディに移行してたので、そんなに悲しくはなかったですが...
(汗)
しかし、結婚式の記者会見でのカメラのフラッシュは凄かったですねぇ

あんなに凄いの、あれ以来一度も見たことないもの
途切れないんだよ


で今は、大塚 愛(笑)

別に 夢を見た訳ではないのですが、これまた突然にです
(汗)
はい
  


Posted by ⇒ガGラ at 11:45Comments(0)